サバティカル揺るがすヨーロッパ移籍

ラグビー

ラグビー王国ニュージーランドの現在地を通じて、ラグビーという競技の今後を考える企画「楕円球どこへ」。第4弾の今回は波紋が広がっているオールブラックスとハリケーンズのCTBジョーディ・バレットのレンスターへのサバティカル移籍についてまとめます。

「成長と価値を最優先に」

「自分の成長と経験を最優先しました」「日本にしか目が向いていませんでしたが、レンスターからオファーをもらい、実績と先の見通しがエキサイティングだと思いました」

ジョーディ・バレットはNZメディアとのインタビューで、移籍先としてアイルランドのレンスターを選んだ理由を語りました。

ジョーディは、言わすと知れた今のオールブラックスを支えるバレット兄弟、ボーデン、スコットを兄に持つハリケーンズのセンターです。NZラグビー協会(NZR)との契約を次期ワールドカップ後の2028年まで延長したうえで、サバティカルとして今年12月から1シーズン、レンスターでプレーすることを発表しました。ジョーディは「バレット一家にとって特別な場所」と、父親に同行して2000年から数年間暮らしたアイルランドへの愛着を語っていましたが、この移籍発表はNZで波紋を広げています。

レンスターは、イングランドを除くイギリスや南ア、イタリアのチームで構成するユナイテッド・ラグビー・チャンピオンシップ(URC)の強豪です。今季はリーグで首位に立っているほか、クラブのヨーロッパ王者を決める欧州ラグビー・チャンピオンズカップの常連で、今年も準決勝に進んでいます。ジョーディは今回のサバティカルにあたって、リーグワンのトヨタ・ヴェルブリッツから「高額オファー」を受けていたとされ、このために「金銭よりもキャリアを選んだ」と評する記事が出ました。

負荷が低い日本を選ばず

また、NZRのサバティカルでは、ヴェルブリッツに入った兄ボーデンやスティーラーズでプレーしている世界最優秀選手のアーディ・サヴェアら、強豪国のリーグに比べて負荷が低いとされる日本のリーグワンに移籍する選手が多くなっています。さらに、オールブラックスの元キャプテン、リッチー・マコウ氏や、現在サバティカルに入っているコーディ・テイラーのようにプレーから離れて文字通り「休暇」を取る選手もいます。そんな中で、ジョーディが身体的な負担も大きい強豪ひしめくヨーロッパを選んだことで、本来の意味として休暇や安息がある「サバティカル」という制度そのものの意義を問う記事も出ました。

日本のリーグワンにとってはいささか失礼な話ではあるのですが、ご多分に漏れず、NZではこのような見方がされているのは紛れもない事実です。リーグワンでプレーするオールブラックスの選手は盛んにリーグワンのレベルの高さを強調し、ブレイブルーパスに移籍したリッチー・モウンガが「『サバティカル』という言葉は好きではない」と発言したした背景には、こういった事情もあるかと思います。

さらに、スーパーラグビーではオールブラックスの選手は「1シーズン2試合」の休養を取らければならないという規定が適用されます。スーパーラグビーのシーズンが終わった後にテストマッチに出場する選手たちの負担軽減のためでもある一方で、スター選手を確実にオールブラックスで「使える」ようにする方策でもあります。しかし、NZRはレンスターとの交渉で、この休養規定のジョーディへの適用を免除したとされるため、この規定の存在意義に疑問を呈する論調もありました。

垣間見える新自由主義の矛盾

それにしても、なぜここまで波紋が広がっているのでしょうか。一つにはオールブラックスの選手のヨーロッパ移籍は、単純に珍しいということが挙げられます。過去に紹介したチャールズ・ピウタウのアルスター移籍は当然、サバティカル制度ができる前の話ですし、アイルランド代表の中心選手であるバンディ・アキや、ジョーディのチームメイトになるジェームズ・ロウは、もちろんNZ代表キャップがありません。先日引退を表明したサム・ホワイトロックは、代表を離れたうえでフランスに渡っています。昨年のワールドカップ後にフランスのトゥーロンに本格移籍したクルセイダーズのレスター・ファインガアヌクらの例はありますが、オールブラックス中心選手のサバティカルでのヨーロッパ移籍は異例のことです。

また、ラグビー人気の低下が指摘されているNZにおいて、やはりバレット兄弟というスターは人気を下支えする期待を背負っているとも言えます。ボーデンは2度世界最優秀選手になっていますし、スコットもクルセイダーズのキャプテンで、一番若いジョーディも今や押しも押されもせぬオールブラックスのセンターと言っても過言ではありません。そういう意味では、今回のジョーディの去就は、良くも悪くも「ロイヤル・ファミリー」的な注目を集めているのかもしれません。
ただ、言うまでもないことですが、今回のヨーロッパへの移籍も、この企画の初回で紹介した有名選手の海外流出の流れの一環です。そのような全体像の中で見渡すと、今回のメディアの論調も、海外に出ようとする選手たちの流れにブレーキをかけて現状維持を図ろうとしているように思えます。初回の㊦でもご紹介したように、新自由主義下ではあらゆるものが「商品」とみなされ、スポーツ選手も同様です。一方で、選手の移籍の規制を通じて、選手という商品が生む価値を抱え込もうとすることは、選手たちの「自由」に対する束縛であると同時に市場原理に反するとも言えます。今回の「騒動」を通じて、そんな新自由主義が抱える矛盾が垣間見えるような気がしました。

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