アップ・ザ・ワーズ!

ラグビー

ニュージーランドのラグビーシーンを通じて、ラグビーという競技の今後を考える企画「楕円球どこへ」。第5弾の今回は、ここのところNZでもにわかに人気が高まっている13人制のラグビーリーグの脅威についてまとめます。

ウォリアーズ、最多観客動員数を更新

「アップ・ザ・ワーズ!」

ニュージーランド、とりわけオークランドで昨年、大流行した言葉です。英語で書くと「Up the Wahs!」。WahsとはWarriors(ウォリアーズ)の略称(蔑称との説も)で、今風の日本語の意味としてはさしずめ「ウォリアーズをアゲてこう!」とでもなるのでしょうか。

ウォリアーズは13人制のラグビーリーグのチームで、オーストラリアが主体のナショナル・ラグビー・リーグ(NRL)にNZから唯一参戦しています。NZは言わずと知れたオールブラックス(AB)をはじめとする15人制の「ユニオンラグビー」の王国ですから、これまではリーグはそれほど人気がないとされてきました。ところが、昨年はウォリアーズがNRLの4強入りを果たして最多観客動員数を記録するなど、ここに来て注目度が俄然アップしています。もともとエイターテインメント性を重視してフォワード戦をほとんどなくしたパス回し中心のゲーム展開となっていて、特に若い人は「ユニオンよりエキサイティング」と言う人が多くなっています。

ユニオンのプロ化で安泰

ラグビーリーグは労働者階級のプロスポーツとして、上流階級が中心だったラグビーユニオンから分離する形で19世紀末のイギリスで誕生しましたが、オーストラリアでとりわけ盛んになります。一方、ユニオンは伝統的に厳しいアマチュアリズムを採用していました。今やラグビーもプロ選手がいて、ジャージに広告を掲げてプレーしているので、隔世の感がありますが、かつては日本でも故平尾誠二さんがファッション誌に写真が載ったことを理由に海外遠征のメンバーから外されるという「事件」も起きるなど、商業主義とは一線を画していました。

しかし、20世紀末になると、ユニオンはテレビの放映権料などによる収益面で勝るリーグに押され、人気面でも脅かされ始めます。このため、オーストラリア、NZ、南アフリカのラグビー協会が主導する形で1995年にユニオンもプロ化に踏み切り、事態の打開を図ります。

プロ化後は、特にNZではもともとABなどのブランドが確立していたこともあってリーグの優位性はなくなり、ユニオンは比較的安泰になりました。チーム数を見ても、NZではNRLがウォリアーズ1チームなのに対し、スーパーラグビーには5チームもあり、この国ではやはりラグビーと言えば断然15人制のユニオンです。選手の流れも、どちらかと言うとリーグからユニオンに来るという形が多くなりました。ソニー・ビル・ウィリアムズはリーグでのNZ代表経験を経てAB入りしていますし、最近では2022年にブルーズに移籍してAB入りしたロジャー・トゥイヴァサ=シェックが話題となりました。元ABで今はスティーラーズでCTBとして活躍しているナニ・ラウマペもかつてはリーグの選手でした。

リーグに勢い、NZの潮目変化

しかし、ここに来てその流れが変わりつつあります。トゥイヴァサ=シェックは今季からウォリアーズに戻って中心選手として活躍していますし、ブルーズのWTBケイレブ・クラークアイルランド行きが話題のジョーディ・バレットがオフにリーグの練習に参加したりしています。ブラックファーンズのワールドカップ優勝メンバーだった人気選手、ステイシー・ワーカに至ってはセブンスで出場するパリ五輪後に女子リーグNRLWのブリスベン・ブロンコスに加入することを発表しました。ワーカはついこの間までブラックファーンズのジャージを着てテレビCMにも出ていたので、これは驚きのニュースでした。

リーグ側の勢いは止まらず、2026年にもクルセイダーズの本拠地である南島のクライストチャーチに国内二つ目のNRLチームが発足するという話がまことしやかに言われています。また、女子に関してはコロナ禍で撤退したウォリアーズが来季からNRLWに復帰することが正式に決まり、来年連覇がかかるW杯を迎えるブラックファーンズとの選手の争奪戦になることが懸念されています。リーグ側はさらに、これまでオールブラックスも試合を行ってきたアメリカ市場にも照準を合わせ、昨年のスーパーボウルが開かれたラスベガスでNRLの公式戦を2試合開催して4万人以上の観客を集めました。

これに対してユニオン側は、スーパーラグビーの観客減やレベルズの経営危機など全体的に守勢に回っている印象です。既に日本などへの選手流出や巨額投資をきっかけにしたラグビー協会(NZR)の混乱も抱えているうえ、近年は他の競技の攻勢も受けています。

何かとNRLを意識している感じはするのですが、今季の女子のスーパーラグビー・アウピキの決勝の日程をウォリアーズの試合と同じ時間帯に設定するようなチグハグな対応も目立ちます。スーパーラグビーのプレゼンスを高めるため、現状は金曜日と土曜日に集中している試合を月曜日や火曜日などにも分散するなどのアイデアは出ていますが、なかなか反転攻勢する材料が見つからないのが現状です。

ただ、あまりいい言い方ではないのは承知で指摘しますと、NZのユニオン側にとって唯一の「救い」となっているのは今季はウォリアーズの調子が悪いことで、現在NRL17チーム中12位に沈んでいます。4月25日のアンザックデーに行われた試合では、それまで今季1勝もしていなかったタイタンズに本拠地のマウントスマート・スタジアム(オークランド)でまさかの敗戦を喫していました。それでも、観客の入り、盛り上がりともに大変なもので、もちろん「アップ・ザ・ワーズ!」と書かれたボードもたくさん掲げられていましたが…。

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