ラグビー王国ニュージーランドを通じて、ラグビーという競技の今後を考える企画「楕円球どこへ」。第2弾の今回はNZとゆかりの深い太平洋島しょ国パシフィカの物語を上下2回に分けてお届けします。
ロムーら殿堂入り「支えに」
ニュージーランドラグビーの聖地、イーデンパーク(オークランド)で3月28日、パシフィカラグビーの殿堂(Pasifika Rugby Hall of Fame)の記念式典が開けれました。昨年発足したこの殿堂に初めて名前が刻まれたのは、太平洋島しょ国出身(パシフィカ)のオールブラックス(AB)選手の草分け的存在のサー・ブライアン・ウィリアムズや、かつてはABの代名詞と言っても過言ではなかった故ヨナ・ロム―ら7人。同じくABのレジェンドで殿堂の創設に尽力したサー・マイケル・ジョーンズは「この殿堂が、世界中にいるパシフィカの選手、コーチ、運営者の支えになれば」と語りました。
パシフィカとは、太平洋島しょ国やその出身者・子孫を指す言葉で、ラグビー界ではサモアやトンガ、フィジーが中心となります。大半がイギリスの植民地だったこともあり、第二次世界大戦後に独立を果たした後は歴史的に関係の深かったNZに大勢移民しました。パシフィカに人たちにとっては貧しい母国よりも家族を養うチャンスがあり、NZにとっても戦後の経済成長期に人手不足を補う安価な労働力として重宝されました。
やがて1970年にAB入りしたサー・ブライアン・ウィリアムズ(サモア系)を皮切りに、90年代に世界を沸かせた怪物ウィング、ヨナ・ロム―(トンガ系)ら移民の子孫がラグビーでも活躍するようになります。その後もパシフィカ選手はABで定着し、昨年のワールドカップメンバーでも、アーディ・サヴェアやリッチー・モウンガ、リーコ・イオアネ、マーク・テレアら数えきれないくらいの数になっています。また、スーパーラグビーにも2022年からフィジアン・ドゥルアと、サモア・トンガ系の選手を中心とするモアナ・パシフィカが参入し、存在感が高まっています。
「第三」の人種、周縁化されがち
それでも、NZにおけるパシフィカの歴史は苦難とともにありました。一つは、人種・民族的な問題です。ハカの記事にも書きましたが、NZは先住民族マオリとイギリスから入植した白人が1840年に締結したワイタンギ条約によって成立した二文化(人種)共存国家である、というのが建前となっています。そのため、それ以外の「第三」の人種(文化)であるパシフィカはマオリ以上に差別あるいは周縁化されがちです。
その最たるものが1970年代の「ドーン・レイズ(Dawn Raids)」でしょう。ドーン・レイズは直訳すると「夜明けの襲撃」です。要はビザが切れた(オーバーステイ)移民に対する入管当局による査察で、人々が活動する前の夜明け前に行われ、他の人種と比べて必ずしもオーバーステイが多かったわけではないパシフィカの人々が狙われたとされています。これをきかっけとしてパシフィカの権利保護運動が高まりました。2021年には当時のジャシンダ・アーダーン首相が政府として公式に謝罪しています。
協会に声届かず、抗議の辞任
今ではマオリと並び、パシフィカの地位向上についても国家の主要政策となり、社会の受け止め方もだいぶ変化しているように思えます。しかし、多数派との間に根強く残る経済的な格差に対する不満はくすぶり、社会の意思決定への参画を阻害されていると感じる人も多いようです。NZラグビー協会(NZR)でも最近、パシフィカの助言グループのメンバーが抗議の辞任をする一幕がありました。
報道によると、NZRは昨年、パシフィカの声を反映させるための計画を発表しましたが、そのための助言グループのメンバーが計画が実行に移されていないことに不満を表明し、辞任しました。このメンバーは「我々は曲芸をするサルのようなものだ」と強い言葉で憤慨し、NZRの理事会にパシフィカの議席を要求しました。この主張には助言メンバーの共同議長も「競技に投じたエネルギーを考えれば、我々に与えられてしかるべき議席だ」「男女代表選手の40%はパシフィカなのに、議席は一つもない」と述べています。さらにブルーズのキャプテン、パトリック・トゥイプロトゥも理事会議席を求める主張に賛同の意思を示しています。
このことは、パシフィカの人々の間で、NZのラグビーに対する「貢献」が、理事会での意思決定に参画する「権利」として報われてこなかった不満があることも示しています。そして、さらに概して貧しい家族を養うための「金銭」と、国際舞台で活躍するという「名誉」の狭間での苦悩にさらされた選手たちもいます。
(「金銭VS名誉、苦悩の連続」へつづく)


