オールブラックスのキャプテン、ケインの決断

楕円球どこへ サムのサヨナラ ラグビー

ニュージーランドのラグビーシーンを通じて、ラグビーという競技の今後を考える企画「楕円球どこへ」。第6弾の今回は、代表引退と日本でプレーを続けることを発表したオールブラックスのキャプテン、サム・ケインの決断について考えます。

代表引退とサンゴリアスとの契約発表

「キャプテンとしての時間を過ごすことができたことは、非常に名誉なことで、恵まれていました」

サム・ケインは5月13日、動画を公開し、オールブラックス(AB)からの引退を発表しました。さらに、来年まで残っていたNZラグビー協会(NZR)との契約を1年前倒しで解消し、今季サバティカルで所属した日本のリーグワン、サントリー・サンゴリアスと3年契約を結んだことを明らかにしました。

ABのキャプテンを務めていたケインの突然の発表はNZ国内に衝撃を与え、ニュースは速報として駆け巡りました。しかも、ケインは最後にサンゴリアスの試合に出場した1月以来、音沙汰がなかっただけに、余計に大きな驚きをもたらしました。

私自身もしばらく動静が不明になった後に突然、何か月か前にNZで水上スキーを楽しむ動画が話題になった時には、「典型的なサバティカル(休暇)だなあ」と思ったものです。長期にわたってケガの具合も公表されてこなかったことから、NZでは日本のリーグワンの情報公開や報道の在り方に疑問を呈する声さえ上がり始めていました。私はどちらかと言うと、サンゴリアスあるいはリーグワン側がNZRに遠慮して情報公開をためらっているのではないかと思っていましたが、双方が契約の問題を抱えていたことも動静が途絶えた理由だったようです。

意外だった日本残留

NZではキャプテンの突然の代表引退表明を受けて、ABの次期キャプテン予想が俄然盛り上がっていますし、最後の代表活動となる今季がどうなるのかについても注目されています。年齢や体調を考えると代表引退はいずれによそう遠くない時期に予定されていたと思われますので、私にはむしろ来期以降もサンゴリアスに残る決断をしたということが意外でした。サバティカルでの参戦だった今季はけがもあって、サンゴリアス、あるいはリーグワンになんじんでいるのかどうかを判断できるほど試合に出ていなかったということもあったので。

ABはスコット・ロバートソンHCによる新体制となるうえ、NZRが契約を1年前倒しで終えることすんなり容認したことをとらえて、事実上の「肩叩き」だったと論じる人もいるようですが、決断理由の真相はよく分かりません。金銭面は充実は当然、背景としてあるでしょう。また、2018年の首の大けがに加え、現在は背中を痛めたりと、ケガに悩まされ続けてきたケインにとっては、体への負担も検討材料だったと思われます。さらに、本人が語ったように、家族との時間を大切にしたかったということもあるでしょう。

代表95キャップのケインは、ABとして最後のシーズンになる今季の代表入りには意欲を見せていて、目前まで来ている100キャップの達成が大きな原動力になっているとも語っています。ただ、ロバートソンHCはケインについて、8月のアルゼンチン戦あたりには回復するだろうと述べていて、逆に言うと6月のイングランド戦の代表には選出されないことを示唆しています。メディアはケインの代表入りについて留保するなど、世間もどこか冷めているような気がします。

これには、ケインがかなり毀誉褒貶のある人であることも影響しているように思います。世界的なフランカーであることは疑いの余地がありませんし、昨年のワールドカップの準々決勝、アイルランド戦で見せた、特にディフェンス面での活躍は称賛されています。一方でマイナス面も多く指摘されており、ワールドカップ決勝で受けたレッドカードがその極めつけでしょう。

私自身も、チーフスのキャプテンを務めながら、クルセイダーズに敗れた昨季のスーパーラグビー決勝の試合後の記者会見に出て来なかったり、アルゼンチンでグラウンドに乱入した人を足を引っかけて転ばせたりしたのを見て、「この人、大丈夫か?」という思いを抱いたのも事実です。

「偉人」マコウと比較され続け

ただ一方で、批判的な見方には、ケイン自身には如何ともしがたい側面もありました。その最たるものは、リッチー・マコウとの比較でしょう。ケインは、ABの背番号7番、オープンサイドフランカーとしても、またキャプテンとしても、「史上最も偉大な選手」と称されることもあるマコウの事実上の後継者にあたりますが、これには、過大な期待と批判が伴いました。

ケインをキャプテンに指名したイアン・フォスター前HCは「リッチー(マコウ)の後釜ほど大変なことはないが、サムは本当によくやったと思う。サム・ケイン以外の何者でもなく、自分自身であり続けた」と話し、そこのところをきちんとねぎらっていました。ABの指揮官として同じく前任者と比較され続けたフォスターには、よりケインの気持ちが理解できたのかもしれません。

そういう意味では、スタンドオフのリッチー・モウンガも、マコウと同じく偉大な選手だったダン・カーターと比較され続けてきました。そのモウンガとケインが、共に国外の日本でプレーする道を選んだことに因果を感じざるを得ませんし、NZRが今、モウンガに早期帰国を促している姿は何とも皮肉に映ります。

確かに2011年、2015年に連覇を成し遂げたABは最強でしたし、素晴らしい選手がそろっていたことは言うまでもありません。その思い出にひたることは個人の自由ですが、一方でその思いが過剰になって過去にすがるような形になると、後に続く人たちに悪影響を及ぼすように思います。ラグビーに限らず、またニュージーランドに限らず、危機に直面した際に「過去の栄光」にすがることは、現状から目を背け、危機を悪化させることにもつながります。

今季、リーグワンのスティーラーズでサバティカルを過ごしたAB次期キャプテン候補の1人、アーディ―・サヴェアは訪日中、国内選手に限っているABの資格要件やNZのファンの在り方などにインタビューで疑問を呈していました。そのサヴェアも来年再びサバティカルとして日本でプレーすると噂されているそうです。

「世界最強」を誇ったABも2大会連続でワールドカップ優勝を逃し、ラグビー王国NZも統治機構改革をめぐる内紛ラグビーリーグ人気の隆盛などさまざまな問題を抱える昨今、「過去の栄光」にすがる傾向が強まっているようにも思えます。ABの大物選手の国外流出は、金銭や身体的負担の面だけでなく、そういった「息苦しさ」も一因になっているように思えてなりません。

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