ニュージーランドのラグビーシーンを通じて、ラグビーという競技の今後を考える企画「楕円球どこへ」。今回はオールブラックス84キャップのNO8で昨年の世界最優秀選手、アーディ・サヴェアのモアナ・パシフィカへの電撃移籍について考えてみたいと思います。
「文化を代表、特別なこと」
「人々や文化を代表することができるのは、特別なことです」
アーディ・サヴェアは7月22日にオークランドで開いた記者会見で感慨深げに語りました。
サヴェアは2013年のデビュー以来、地元ウェリントンのハリケーンズでプレーしてきました。今季は日本のリーグワンのスティーラーズでサバティカルを過ごしましたが、帰国後の来季は当然、ハリケーンズに戻ると思われていました。それが、今季ハリケーンズからモアナ・パシフィカに移籍した兄で元オールブラックス(AB)の名ウィング、ジュリアンと同じ道を選ぶことになったのです。
サヴェアは移籍を明らかにしたソーシャル・メディアへの投稿で「ハリケーンズに多大な敬意を持っていますし、いい11年間でした」と振り返りました。それでも「今が変化の時です」と決意を明らかにしていました。
両親がサモア出身のサヴェアは、そのルーツを大事にしていることで知られます。日本滞在中も微笑ましい「コンビニ行脚」だけでなく、サモアを含む太平洋島しょ国パシフィカの選手らと交流する姿や、アシックスから発売したパシフィカの伝統をくむデザインが施されたスパイクなどについても投稿していました。
代表チーム変更、除外期間ネック
それだけに、神戸滞在中に行われたラグビーパスTVのインタビューでもサモア代表となる意向を問われ「4年前に聞かれたら、ぜひサモア代表のジャージを着たかったと思います」と答えていました。しかし、その足かせになったのは、ワールドラグビーの代表チーム変更ルールにおける代表活動除外期間(stand down period)の存在です。
元ABでトンガ代表として昨年のワールドカップに出場したチャールズ・ピウタウ(ブルーレヴズ)らに適用された代表チーム変更ルールには、最後に前の代表チームでプレーしてから3年経過後でなければならないという代表活動の除外期間が設けられています。サヴェアは計算上、ABのジャージを脱げば、2027年のワールドカップにサモア代表として出場することは可能ではあります。
しかし、既に30歳となっているサヴェアは、インタビューでも「年を取ってから(サモアの)ジャージを着るのは失礼になります。3年間は長い」と話していました。ただ、サヴェアの場合、ネックはむしろ年齢ではなかったように思います。
この3年間という期間の根拠や必要性、その非人道性にも改めて焦点が当てられるべきだと思いますが、まさしく世界最高の選手であるサヴェアのプレーが、国際舞台で見られなくなるのは、選手本人だけでなく、ファン、ひいてはラグビー界全体にとっても大きなマイナスと言えます。さらに、代表から身を引いた場合には、同じくルーツがあるトンガ代表入りの意向がささやかれ、ブレイブルーパスに移籍したリッチー・モウンガの例のように、ABサイドから「説得」を受けることになったのは間違いないでしょう。
そのため、より現実的な「代案」として選ばれたのが、モアナ・パシフィカへの移籍でした。サヴェアは代表チームの変更を通じてではなく、スーパーラグビーのグラブチームの移籍を通じてルーツに貢献するという「新たな道」を切り開くことになったのです。
2022年からスーパーラグビーに参戦しているモアナは、主にサモアとトンガにルーツを持つ選手たちによるチームです。3季目となった今年は、上述したようにジュリアン・サヴェアが加わったほか、AB初のパシフィカのキャプテンだったタナ・ウマガがヘッドコーチに就任して初めて4勝を挙げ、11位ながら最終節までプレーオフ争いに残るなど着実に力を着けてきている印象を残しました。
一方で、集客面ではいまだに軌道に乗れず、今季は、これまではオークランドだった本拠地を失い、ホームゲームでも各地を転々としていていました。財政難もまことしやかにささやかれ、モアナの現状は、これまでのパシフィカの選手たちの苦難の歴史が映し出されているような形になってしまっているとも言えます。
プレー以外でも絶大なインパクト
それだけに、そこに2027年までの長期契約でサヴェアが加わるインパクトは大きく、ウマガHCも会見で「私たちの前の世代から続く(パシフィカの選手たちの)道が持続可能になって後の世代に受け継がれることを期待しています」と話しました。
サヴェアの加入が、チームの戦力や人気面の向上が見込めることは言うまでもありません。さらに、世界最優秀選手ですからスポンサーなどに対する引力も絶大で、本拠地の確保や、大雨にかかわらず大盛況となった今年のトンガ開催に続き、来季はサモアでの開催も現実味を帯びてくる気がします。また、今季クルセイダーズに移籍したCTBリヴァイ・アウムアやハイランダーズ入りしたWTBティモシー・タヴァタヴァナワイら有能な選手の「供給元」になっていたモアナに、逆に有望な選手が集まる「磁力」ももたらすことになるかもしれません。
いずれにしても、伝統あるハリケーンズから新興チームのモアナへの移籍は、超大物のサヴェアにとっても勇気ある大きな決断だっと言えます。このブログではモアナについて比較的多く取り上げてきましたが、来季も大いに注目していきたいと思います。個人的には今季、No8として目覚ましい活躍をしたロトゥ・イニシがどうなるかがやや気掛かりですが。


